2021-08-19
山本夏彦
尾崎[秀実]は朝日新聞の記者で満鉄の嘱託で近衛首相のブレーンの一人で、その立場を利用して得た情報をゾルゲを通じて敵側に提供した。
この尾崎秀実の評価は、戦争中と戦後では手のうら返すように変った。戦争中尾崎はスパイで売国奴で極悪人だった。戦後尾崎は志士で仁人で愛国者になった。しまいには新劇のヒーローになった。「オットーと呼ばれる日本人」というのがそれである。
言うまでもなく戦争中、すこしでも尾崎をかばうのは危険だった。かばえば尾崎の仲間だとみられ、うしろへ手が回った。
戦後は違う。尾崎を許すも許さないのも自由なはずである。自分は尾崎を許さないと言っても、うしろへ手は回らない。
一億の日本人の大半は、まだ尾崎と和解してないはずである。それなのにその声は新聞に出たためしがない。出るのは手を替えしなを替え尾崎をほめる言葉だけである。こうして尾崎をとがめるのはタブーになった。
〜『「夏彦の写真コラム」傑作選1』(新潮文庫)のうち、「週刊新潮」1979年8月30日号
尾崎秀実批判はタブーだったのか〓
そんなこととはつゆ知らず。
拙著『花に風 林芙美子の生涯』は、「朝日新聞と戦争と共産主義」を視点に据えており、思う存分に尾崎批判を書いているので、ぜひとも読んでいただきたい。
私はタブーに触れていたのか〓〓
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